註釈しなければならない

ひとつこの「焦土 n [=hoge]」について

註釈のようなものをしなければならなくて、

といって、してもしなくてもなにか変わる種類のものでもないです。

ただいうべきことなだけです。

 

最後の連、

”もう 生は

誰のものなのかわからなかった”

は、田村隆一の「車輪 その断片」からとったものです。

ただ、とっていますが、とっているにもかかわらず、原文では、

”もう 死は

誰のものなのかわからなかった”

であり、意味合いはまったく違うものになっています。

 

田村隆一の詩を盗みつつ、それを勝手に書き換えてしまう厚顔さによって、

「焦土」の性質を極端なかたちであれ例示できるのではないかと意図した結果です。

 

そして「車輪 その断片」です。

 

車輪 その断片

 そこで顫えているものはなにか

 地の上に顔をふせて

 耳を掩っているものはなにか

  *

一羽の小鳥が寒冷の時のなかにとまり

地上にちいさな影を落とした

日没の時

人は黙って歩いた

人は黙って歩いた

叫ぶことがあまりにも多かったから

どこまで行くんだね

  ああ ああ と眼のない男が吐息をもらした

どこから来たんだね

  ああ ああ ああ と耳のない女が鳴いた

痩せ犬のメリイがこどもを産んだ

七匹の皮膚の下に また

ちいさな闇が生れた

    枯れ草のなかでみつけたものは

    枯れ草のなかでみつけたものは

水死人があがった

人が集ってきた

鐘が鳴った

    もう 死は

    誰のものなのかわからなかった

 

 

 

 

 

焦土 n [=hoge]

焦土はどこか

淵 と 隙

犬もしらない原野 から

周波数のない すみの ほう

いいや、それはどこにも

いやいや、それはどこでも

ここにひとつ そこにひとつだ

 

焦土はなにか

呼び声 と 隔たり

のっぴきならないものの地団駄 で

ここにいるぞ や ここにいないぞ

いいや、あなたを感じる欲望こそ

いやいや、あなたが感じる欲望こそ

ここにひとつ そこにひとつだ

 

焦土はだれか

産婆 と 流民

灰の渦でうまれ 灰の波でねむる

まるで紙魚のけもの か 数の紙魚

いいや、そこにわたしの名前でも

いやいや、そこがわたしの名前でも

ここにひとつ そこにひとつだ

 

あなたはそっと見つける

 

クロックとクロックの谷間 に 輸送トラックの薄暗い荷

台 に 網目状にからまり走る葉脈のひと筋 に 呼吸をみ

だす恋人の膚 に ポップアップで遭遇したアフィリエイ

ト に モランディの群れをなす静物 に 気の緩んだ政治

家のステートメント に スズメバチと蘭に見いだされる

交合 に バイエルピアノ教則のちいさな音符 に 平面図

にあらわれる白いデッドスペース に 厚い氷河から離れ

つつある氷塊 に ここまでのことばの連なり に そっと

 

あなたは見つける

おびただしい数の 数の沃野を

 

可能性

可能性の可能性

そして

灰におおわれた領野に ふたたび火の手があがる

 

燃えつきた 数 が燃え

燃えつきた 色 が燃え

燃えつきた 音 が燃える

 

まじりあい もつれあい どろどろに溶けあい

”もう 生は

誰のものなのかわからなかった”